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希薄 Cl−環境中におけるステンレス鋼の
すきま腐食発生時間におよぼす電位と温度の影響*
崎 谷 美 茶**,松 橋 亮***,松 橋 透**,高 橋 明 彦**
**
新日鐵住金ステンレス株式会社
***
新日本製鐵株式会社
Potentiostatic tests of stainless steel specimens with crevice between metal and glass were carried out in 460 ppm
Cl− solution at temperatures of 298 K, 323 K and 353 K in order to clarify effects of potential and temperature on
incubation time, tINCU, for crevice corrosion. The test surfaces were polished just before the tests.
The tINCU increased with the decrease in potential. The charge density, QINCU, which was required for initiation of
crevice corrosion, was independent of potential in constant temperature conditions, and it decreased with the
increase in temperature. It is considered that hydrolysis reaction rate of dissolved metal ions increases with temper-
ature, and therefore pH of anolyte within crevice can decreases below depassivation pH with few amounts of dis-
solved metal ions or increase of chemical dissolution of passive film , and the both.
It is because potential dependence of tINCU is derived from increase of iINCU, average dissolution current density of
metal with noble potential. For all kinds of stainless steels tested, tINCU and QINCU decreased with the increase in tem-
perature, and iINCU, on the other hand, increased with temperature. From Arrhenius plotting of these parameters,
activation energies of tINCU, iINCU and QINCU for various kinds of stainless steels were obtained, and reactions during
crevice corrosion occurrence were presumed.
Key words:stainless steels, crevice corrosion, incubation time of crevice corrosion, electric charge, apparent
activation energy, diluted Cl− environment, temperature
ついて検討してきたが 5) ,すきま腐食発生時間におよぼ
1. は じ め に す温度の影響については未検討であった.
本報告は,各種汎用ステンレス鋼の 460 ppm Cl− 環境
ステンレス鋼は比較的希薄な Cl−環境に対して優れた 中におけるすきま腐食発生時間におよぼす電位ならびに
耐食性を示すことから,貯水槽タンクや配管類,温水器 温度の影響について検討した結果について述べる.
缶体などに数多く使用されている.しかし,温度や Cl−
濃度などの条件によっては,すきま腐食が発生する場合 2. 供試材および実験方法
が少なくない1).
すきま腐食を評価する電気化学的方法としては,従来 2.1 供試材と試験片
からすきま腐食の成長性や維持性を評価する「腐食すき 供試材には,一部の試験に SUH409L 鋼を用い,主とし
ま再不動態化電位測定法:JIS G 0592 2), 3)」と,長期にわ て,SUS430 鋼,SUS444 鋼,SUS304 鋼および SUS316L
たる環境の自然電位の計測から明らかにされる自然電位 鋼の 1 mm 厚の薄板材 5 鋼種を用いた.その主な化学組
の定常値 (ESP 以後,自然ポテンシャルと呼ぶ) の測定結 成および耐すきま腐食性指標 CI 値6) を Table 1 に示す.
果とを用いて,すきま腐食の自然生起性を判断する手法 これらはいずれも工場にて冷間圧延し,次いで通常の焼
がしばしばとられているが,同法では装置材料のすきま 鈍をおこなった製品板材である.
腐食損傷による耐用年数に関する,すきま腐食発生時期 次に,ステンレス鋼の自然電位を測定する目的で 10w×
については原理的に得られない.材料のすきま腐食の発 25L×1t (単位 mm) の寸法に機械加工した短冊状のステ
生時間を推定した例は少なく4),装置材料のすきま腐食発 ンレス鋼片を製品板より切り出した.片面 10w×25L のみ
生寿命に関わる知見が十分に明らかにされているとは言 を♯400 番まで湿式研磨し,上部にリード線をハンダ付
い難い.これまでに著者らも,定電位法による電流密 けしたあと,アセトン中で超音波を併用した脱脂を約 10
度−時間曲線の測定に基づくすきま腐食発生時間推定に min おこなった.次いでステンレス鋼片表面を熱風乾燥
し,シリコン被覆剤 (信越シリコーン社製:KE45RTV)
を用いて表面積を 0.5 cm2 だけを残してその他の部分を
*
第 54 回材料と環境討論会 (広島) にて一部発表.
シールし,一昼夜室温の乾燥デシケーター中で自然乾燥
**
〒743−8550 光市島田 3434 (3434, Shimada, Hikari, 743−8550 Japan)
***
〒293−8511 富津市新富 20−1 (20−1, Shintomi, Futtsu, 293−8511 後,試料電極 (以後,すきまなし試験片と呼ぶ) として
Japan) 用いた.
Vol. 58, No. 11 379
Fig. 3 Effect of CI value and temperature on ER, CREV of various Fig. 5 Effect of temperature on current density-time curves of
stainless steels in 460 ppm Cl− solution at 298 K, 323 K SUS304 stainless steel in 460 ppm Cl− solution at E=474
and 353 K (Ar sat., with metal/glass crevice). mV vs. SHE (Ar sat., with metal/glass crevice).
Vol. 58, No. 11 381
いることから,すきま内金属素地の溶解
に起因した電流密度の増加と考えられ
る.そして,この電流密度が増加し始め
る時間がすきま内の金属素地が溶解を始
める時間であり,すきま腐食発生時間
(以後,t INCU で表記する) に近似的に等
しいと考えた.
なお,tINCU 以降に観察される電流密度
の増加は,本来,各時間における金属の
溶解電流をすきま内における金属溶解部
分の面積で割ったもので近似すべきであ
るが,本実験では,すきま内の金属素地
溶解部分の面積の時間的変化挙動につい
ては不明なため,tINCU 以降に試験片に流
れる電流については電流密度で表示する
ことはできない.その意味において,す
きま内金属が溶解し始めた t INCU 以降で
観察される電流密度は,試験片の全面積 Fig. 6 Effect of potential on incubation time (tINCU) for crevice corrosion of (a)
で全電流値を単に割った見かけの電流密 SUS430 and (b) SUS444 stainless steels in 460 ppm Cl− solution at 298 K,
度である. 323 K and 353 K (Ar sat., with metal/glass crevice).
本報告は,tINCU に達するまでの電流密
度の時間的挙動について論ずるものであ
るが,金属の活性溶解反応の方が不動態
皮膜形成反応よりも小さくなっている時
間領域でのすきま腐食発生時間に関する
ものであり,この時間領域における tINCU
と電位および温度との関係がどのような
挙動になるのかを検討したものである.
Fig. 9 Effect of potential on Q INCU for crevice corrosion of Fig. 10 Effect of potential on iINCU for SUS304 stainless steels in
SUS304 stainless steels in 460 ppm Cl− solution at 298 K, 460 ppm Cl− solution at 298 K, 323 K and 353 K (Ar sat.,
323 K and 353 K (Ar sat., with metal/glass crevice). with metal/glass crevice).
Fig. 12 Arrhenius plot of incubation time (tINCU) for crevice cor- Fig. 13 Arrhenius plot of mean current density (iINCU) for various
rosion of various stainless steels in 460 ppm Cl− solution stainless steels in 460 ppm Cl− solution at E=474 mV vs.
at E=474 mV vs. SHE (Ar sat., with metal/glass crevice). SHE (Ar sat., with metal/glass crevice).
384 材料と環境
Fig. 15 Schematic depiction of Arrhenius plot for tINCU, iINCU, QINCU and ΔEt,
ΔEi, ΔEQ of various stainless steels in 460 ppm Cl− solution at E=
474 mV vs. SHE (Ar sat., with metal/glass crevice).
いる.この結果は,少なくとも反応過程①で溶出した金
属イオンが反応過程②で加水分解反応する際,その速度
Fig. 14 Arrhenius plot of charge density (QINCU) for が温度の上昇とともに増加するために H+濃度が増加し,
crevice corrosion initiation of stainless steels
より少ない金属イオン溶出量 (∝QINCU) で,反応過程③
in 460 ppm Cl− solution at E=474 mV vs. SHE
(Ar sat., with metal/glass crevice). の不動態皮膜が化学的に溶解するためか,もしくは,反
応過程③の不動態皮膜が化学的に溶解し始める pH (=
pHd) が温度の影響をほとんど受けないものとすれば8), 11),
Ê ∆EQ ˆ 不動態皮膜の化学的な溶解速度が温度上昇とともに高く
= A Q - Á ˜ (13)
Ë 2.303 R T ¯ なるためのいずれか一方,または両方と考えられるが本
ここで,AQ およびΔEQ はそれぞれ QINCU に関する見 報告ではそのどちらかを特定することはできなかった.
かけの頻度因子および見かけの活性化エネルギーで,
AQ=At+Ai (14) 4. ま と め
ΔEQ=ΔEt+ΔEi (15)
で示される.(15)式より,ΔEQ はすきま腐食発生に至る 表面を研磨した直後のステンレス鋼のすきま腐食発生
すべての反応過程に関わる見かけの活性化エネルギー 時間におよぼす電位と温度の影響を明らかにする目的
(ΔEt) と,前述したように反応過程①の不動態皮膜を介 で,ガラスすきま付きステンレス鋼片を用いて 460 ppm
して生じる金属の溶解反応の見かけの活性化エネルギー Cl−環境中 298∼353 K の温度範囲内で定電位試験を実施
(ΔEi) との和で示される. した.その結果得られたすきま腐食発生時間 tINCU,すき
Fig. 15 に E=474 mV の一定電位条件下における tINCU, ま腐食発生に関わる平均的な電流密度 iINCU およびすきま
iINCU および QINCU におよぼす温度の影響をまとめた結果 腐食発生に至るまでの電気量 QINCU におよぼす電位なら
と,各種ステンレス鋼のΔEt, ΔEi および (15) 式を用い びに温度の影響について考察をおこなった.Fig. 16 に本
て計算をおこなったΔEQ の値を示した. 研究で得られた tINCU, iINCU および QINCU におよぼす電位と
ΔEQ の値はいずれのステンレス鋼とも負の値を示して 温度の影響ならびにこれらのパラメータの相互関係を電
流密度−時間図としてまとめた.本研究の結果を要約す 温度上昇とともに高くなるためのいずれか一方,または
ると以下のようになる. 両方と考えられる.
1) 本環境中における腐食すきま再不動態化電位 5) いずれのステンレス鋼とも,温度の上昇とともに
ER, CREV はステンレス鋼の CI 値の増加とともに貴な電位 tINCU および QINCU は低下するが,iINCU は逆に温度の上昇
方向にシフトし耐すきま腐食性は向上するが,温度が高 とともに増大する.これらのパラメータを Arrhenius プ
いほど卑な電位となり,耐すきま腐食性は劣化する. ロットし,各種ステンレス鋼の tINCU, iINCU および QINCU
2) 定電位電解直後では,不動態皮膜を介して生じる に関する見かけの活性化エネルギーを求め,すきま腐食
金属溶解反応が電位依存性をもつために観察される電流 発生過程の反応の推定をおこなった.
密度は,いずれの試験温度においても電位が貴なほど増
大する.これは,通常の不動態皮膜が安定に存在してい 参 考 文 献
る場合のアノード分極曲線で観察される不動態保持電流 1) T. Adachi, M. Nishikawa and K. Hayashi, Nisshin Tec.
Report, 63, 109 (1990).
密度が電位にほとんど依存しないという挙動とは全く異 2) S. Tsujikawa and K. Hisamatsu, Boshoku-Gijutsu (presently
なる. Zairyo-to-Kankyo), 29, 37 (1980).
3) Japanese Standard Association, JIS G 0592 (2002).
3) いずれのステンレス鋼および温度においても,卑
4) T. Sakaki and K. Inagaki, Tohso Tec.Report, 38, 71 (1994).
な電位で電解するほど tINCU は増大する.tINCU が電位依存 5) R. Matsuhashi, K. Katoh and M. Kaneko, Zairyo-to-Kankyo,
性をもつ理由は,結果的には,iINCU が貴な電位ほど増大 56, 56 (2007).
6) N. Suutara and M. Kurkela, STAINLESS STEELS’84,
するためであり,それは定電位電解直後の電流密度が貴 NACE, 240 (1984).
な電位ほど高くなることに起因している. 7) M. Akashi and S. Tsujikawa, Zairyo-to-kankyo, 45, 106
(1996).
4) Q INCU は同一温度であれば電位に対してほぼ一定 8) H. Ogawa, I. Itoh, M. Nakata, Y. Hosoi and H. Okada,
値となるが,温度が高くなると小さくなる傾向を示す. Tetsu-to-Hagane, 63, 605 (1977).
これは,Q INCU が金属イオン量に対応するものと考える 9) R. Matsuhashi, S. Ito and E. Sato, Zairyo-to-Kankyo, 40, 747
(1991).
と,(A)溶出した金属イオンの加水分解反応速度が温度 10) R. Matsuhashi and H. Kihira, Zairyo-to-Kankyo, 56, 272
の上昇とともに増加し H + 濃度が高くなり,結果的に少 (2007).
11) N. Ryoh, T. Shinohara and S. Tsujikawa, Boshoku-Gijutsu
ない金属イオン量で脱不動態化 pH に達するためか,も (presently Zairyo-to-Kankyo), 37, 679 (1988).
しくは,脱不動態化 pH が温度の影響をほとんど受けな
(Manuscript received March 12, 2009;
いものとすれば,(B)不動態皮膜の化学的な溶解速度が
in final form August 14, 2009)
要 旨