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材料と環境, 58, 378−385(2009)

希薄 Cl−環境中におけるステンレス鋼の
すきま腐食発生時間におよぼす電位と温度の影響*
崎 谷 美 茶**,松 橋 亮***,松 橋 透**,高 橋 明 彦**
**
新日鐵住金ステンレス株式会社
***
新日本製鐵株式会社

The Effect of Potential and Temperature on Crevice Corrosion Incubation Time


for Stainless Steels in Diluted Chloride Ion Environment*
Misa Sakiya**, Ryo Matsuhashi***, Tooru Matsuhashi**
and Akihiko Takahashi**
**
Nippon Steel & Sumikin Stainless Steel Corporation
***
Nippon Steel Corporation

Potentiostatic tests of stainless steel specimens with crevice between metal and glass were carried out in 460 ppm
Cl− solution at temperatures of 298 K, 323 K and 353 K in order to clarify effects of potential and temperature on
incubation time, tINCU, for crevice corrosion. The test surfaces were polished just before the tests.
The tINCU increased with the decrease in potential. The charge density, QINCU, which was required for initiation of
crevice corrosion, was independent of potential in constant temperature conditions, and it decreased with the
increase in temperature. It is considered that hydrolysis reaction rate of dissolved metal ions increases with temper-
ature, and therefore pH of anolyte within crevice can decreases below depassivation pH with few amounts of dis-
solved metal ions or increase of chemical dissolution of passive film , and the both.
It is because potential dependence of tINCU is derived from increase of iINCU, average dissolution current density of
metal with noble potential. For all kinds of stainless steels tested, tINCU and QINCU decreased with the increase in tem-
perature, and iINCU, on the other hand, increased with temperature. From Arrhenius plotting of these parameters,
activation energies of tINCU, iINCU and QINCU for various kinds of stainless steels were obtained, and reactions during
crevice corrosion occurrence were presumed.

Key words:stainless steels, crevice corrosion, incubation time of crevice corrosion, electric charge, apparent
activation energy, diluted Cl− environment, temperature

ついて検討してきたが 5) ,すきま腐食発生時間におよぼ
1. は じ め に す温度の影響については未検討であった.
本報告は,各種汎用ステンレス鋼の 460 ppm Cl− 環境
ステンレス鋼は比較的希薄な Cl−環境に対して優れた 中におけるすきま腐食発生時間におよぼす電位ならびに
耐食性を示すことから,貯水槽タンクや配管類,温水器 温度の影響について検討した結果について述べる.
缶体などに数多く使用されている.しかし,温度や Cl−
濃度などの条件によっては,すきま腐食が発生する場合 2. 供試材および実験方法
が少なくない1).
すきま腐食を評価する電気化学的方法としては,従来 2.1 供試材と試験片
からすきま腐食の成長性や維持性を評価する「腐食すき 供試材には,一部の試験に SUH409L 鋼を用い,主とし
ま再不動態化電位測定法:JIS G 0592 2), 3)」と,長期にわ て,SUS430 鋼,SUS444 鋼,SUS304 鋼および SUS316L
たる環境の自然電位の計測から明らかにされる自然電位 鋼の 1 mm 厚の薄板材 5 鋼種を用いた.その主な化学組
の定常値 (ESP 以後,自然ポテンシャルと呼ぶ) の測定結 成および耐すきま腐食性指標 CI 値6) を Table 1 に示す.
果とを用いて,すきま腐食の自然生起性を判断する手法 これらはいずれも工場にて冷間圧延し,次いで通常の焼
がしばしばとられているが,同法では装置材料のすきま 鈍をおこなった製品板材である.
腐食損傷による耐用年数に関する,すきま腐食発生時期 次に,ステンレス鋼の自然電位を測定する目的で 10w×
については原理的に得られない.材料のすきま腐食の発 25L×1t (単位 mm) の寸法に機械加工した短冊状のステ
生時間を推定した例は少なく4),装置材料のすきま腐食発 ンレス鋼片を製品板より切り出した.片面 10w×25L のみ
生寿命に関わる知見が十分に明らかにされているとは言 を♯400 番まで湿式研磨し,上部にリード線をハンダ付
い難い.これまでに著者らも,定電位法による電流密 けしたあと,アセトン中で超音波を併用した脱脂を約 10
度−時間曲線の測定に基づくすきま腐食発生時間推定に min おこなった.次いでステンレス鋼片表面を熱風乾燥
し,シリコン被覆剤 (信越シリコーン社製:KE45RTV)
を用いて表面積を 0.5 cm2 だけを残してその他の部分を

第 54 回材料と環境討論会 (広島) にて一部発表.
シールし,一昼夜室温の乾燥デシケーター中で自然乾燥
**
〒743−8550 光市島田 3434 (3434, Shimada, Hikari, 743−8550 Japan)
***
〒293−8511 富津市新富 20−1 (20−1, Shintomi, Futtsu, 293−8511 後,試料電極 (以後,すきまなし試験片と呼ぶ) として
Japan) 用いた.
Vol. 58, No. 11 379

Table 1 Chemical composition of tested stainless steels (mass%). mV 卑な電位に 1 h 間保持した.この操作


で 1 h の間に電流の増加傾向が観察されな
くなるまで同様の操作を繰り返した.腐食
すきま再不動態化電位 ER. CREV3) は前記の分
極操作ですきま付与試験片に流れる電流が
増加傾向を示さない最も貴な電位値で表し
た.
一方,各電位におけるすきま腐食発生時
間を明らかにするために,すきま付与試験
片を用いて定電位電解試験による電流密
度−時間曲線の測定を Ar 脱気 (流量 200
一方,腐食すきま再不動態化電位やすきま腐食発生挙 cc/min) した試験溶液中にておこなった.定電位電解試
動を検討する目的で,20W×20L×3t (単位 mm) のガラス 験は定電位電解装置 (シュリンクス社製:SDPS−308) を
板 (コード 7740 パイレックス,表面研磨) と 20W×30L× 用い,150∼800 mV の定電位値をすきま付与試験片に印
1t (単位 mm) のステンレス鋼片とからなるすきま付与試 加し,電流密度の時間変化を電流サンプリング間隔 1∼
験片 (Fig. 1 参照) を用いた.まずステンレス鋼片全面を 10 s の条件で 1∼約 10000 s 測定した.これらの定電位試
♯400 番まで湿式研磨し,50℃の 30% HNO3 溶液中に約 験はすきま付与試験片を試験溶液に浸漬し,自然電位
2 h 浸漬し不動態化処理した.その後,電気化学測定の が−10 mV±30 mV の範囲に落ちついた時点で開始した.
直前に試験面となるステンレス鋼片のすきま合わせ面を 試験中も,電気化学測定用セル上部から Ar ガスを通気
再度♯400 番で湿式研磨し,上端をエナメル導線を取り した.なお,実験で得られた電流や電気量について,す
付けたクリップで固定した.試験溶液をステンレス鋼片 きま付与試験片の場合には溶液に接しているステンレス
の試験面側に塗布した状態でガラス板を重ね合わせ,ポ 鋼片部分の面積約 9.4 cm2 で割った値を見かけの電流密
リカーボネート製ボルト・ナット治具及びチタンワッシ 度および単位面積当たりの電気量とした.
ャーを用いて,すきま付与試験片として組み立てた.な
お,すきま付与試験片を試験液に浸漬する際,ステンレ 3. 実験結果および考察
ス鋼片の上端から 10 mm 下の位置が電気化学測定用ガ
ラスセル内の試験溶液の液面になるようにセットしてか 3.1 すきま腐食の自然生起性
ら電気化学測定を実施した.この場合,試験溶液に接し 一例として,脱気していない試験溶液中における
ている部分のステンレス鋼片の全面積は約 9.4 cm2 であ SUS304 鋼の自然電位の経時変化を Fig. 2 に示す.いず
り,その内,すきま部の面積は約 3.7 cm2 である. れの温度の場合にも浸漬初期の自然電位は比較的卑な電
位を示すが,時間の経過とともに貴な電位方向にシフト
2.2 試験溶液と電気化学測定 し,浸漬後,約 100 h 経過した時点では 298 K で 386 mV,
試験溶液には,試薬特級の NaCl (関東化学社製:純度 323 K で 371 mV および 353 K で 362 mV の付近でほぼ一
99.5 mass%) と蒸留水とを用いて調製した 460 ppm の 定値におちついた.これらの挙動はどのステンレス鋼の
Cl− を含む NaCl 水溶液を用い,主に 298 K,323 K およ 場合でもほぼ同様であり,浸漬後約 100 h を経過した時
び 353 K±0.5 K の温度に保持した電気化学測定用ガラス 点での自然電位の値は,ステンレス鋼が安定な不動態を
セル内で試験した. 維持している場合の自然ポテンシャル Esp と考えられる.
次にすきま腐食の自然生起性を判断するために,空気 一方,Fig. 3 には各温度における種々のステンレス鋼
開放で脱気していない試験溶液中ですきまなし試験片の
自然浸漬電位 (>100 h) を測定した.なお,基準電極に
は,飽和 KCl の Ag/AgCl 電極:SSE (298 K,SHE 基準
で+199 mV) を用いた.以後,電気化学試験ではすべて
同じ基準電極を用い,電位は SHE に換算した値 (mV)
で表記する.
さらに JIS G 0592 法に準拠した腐食すきま再不動態化
電位 ER, CREV の測定を実施した3).具体的には,Fig. 1 に
示したすきま付与試験片を十分に Ar 脱気 (流量 200
cc/min) した試験溶液中に浸漬し,10 min 間浸漬電位を
測定したあと,浸漬電位から電位掃引速度 1 mV/min の
動電位法でアノード方向に分極し,アノード電流が 800
μA に達した時点でアノード電流が 800μA±1μA に保た
れるように定電流的に 2 h 保持した.次いで,電位掃引
速度 1 mV/min の動電位法でアノード電流が 50μA に達
するまでカソード方向に分極した.その後,この時点に
おける電位に定電位保持を 1 h おこなった.すきま付与 Fig. 1 Schematic illustration of specimen with metal/glass
試験片に流れた電流値が増加傾向を示す場合,さらに 10 crevice.
380 材料と環境

密度−時間曲線 (以後,i−t 曲線と呼ぶ) におよぼす電位の


影響を,また同様に 474 mV における i−t 曲線におよぼす
温度の影響を Fig. 5 にそれぞれ示す.
試験片に流れる電流密度は,Fig. 4 ではどの電位の場
合もまた,Fig. 5 では 353 K を除く他の温度の場合で定
電位電解直後に時間経過とともに一様に減少している
が,Fig. 4 では貴な電位で電解するほど,また,Fig. 5 で
は温度が高いほど増加している.これは試験直前にステ
ンレス鋼の表面を研磨し,定電位電解した場合に測定さ
れる電流密度が,電位や温度に依存することを直接的に
示しており,通常の不動態領域のアノード分極曲線で観
察される不動態保持電流密度が電位にほとんど依存しな
いという挙動とは全く異なっている.ここで,すきま部
Fig. 2 Effect of immersion time on corrosion potential of SUS304 金属の活性溶解がまだ始まっていない時間領域で観察さ
stainless steels in 460 ppm Cl− solution at 298 K, 323 K
れる電流密度が電位依存性をもつ理由の一つとしては,
and 353 K (aeration, without crevice).
この時間領域での電気化学的反応が,主として電位依存
性を持つ金属の溶解反応から成るためと考えられる.
の耐すきま腐食性指標 CI 値6) と腐食すきま再不動態化電 さらに定電位電解の時間が経過すると,電位および温
位 ER, CREV および自然ポテンシャル Esp との関係を示す. 度によって異なる特定の時間が経過した後,電流密度が
ER, CREV は CI 値の増加とともに貴な電位方向にシフト 時間とともに増大する特徴的な挙動が観察された.これ
する傾向を示し耐すきま腐食性は高くなるが,温度が高 らの電流密度の増加は,試験後すきま部を開いてすきま
いほどおおむね卑な電位となった.ところで,ER, CREV < 内の金属表面を観察すると金属素地が局所的に溶解して
E sp の条件を満たす場合は,すきま腐食が安定的に成長
する可能性がある場合であり7),具体的には,SUS444 鋼
と SUS316L 鋼の 298 K の条件を除く,他の鋼種・温度条
件の場合であることがわかった.しかしながら,本測定
では,自然生起する可能性のあるすきま腐食がいつ頃発
生するのかを推定することはできない.前報5) で著者ら
は,金属/金属のすきま付与試験片を用いて種々の電位
おける電流密度−時間曲線を測定し,その解析から各電
位および Esp におけるすきま腐食発生時間が推定可能で
あることを報告した.本報告では,前報の実験手法を簡
便化し,ガラス/金属のすきま付与試験片を用いて,定
電位試験直前に研磨をおこなった条件下での電流密度−
時間曲線の測定およびその解析結果からすきま腐食発生
時間の推定をおこなった.

Fig. 4 Effect of potential on current density-time curves of


3.2 電流密度−時間曲線(i −t 曲線)の特徴 SUS304 stainless steel in 460 ppm Cl− solution at 323 K
Fig. 4 に一例として,323 K における SUS304 鋼の電流 (Ar sat., with metal/glass crevice).

Fig. 3 Effect of CI value and temperature on ER, CREV of various Fig. 5 Effect of temperature on current density-time curves of
stainless steels in 460 ppm Cl− solution at 298 K, 323 K SUS304 stainless steel in 460 ppm Cl− solution at E=474
and 353 K (Ar sat., with metal/glass crevice). mV vs. SHE (Ar sat., with metal/glass crevice).
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いることから,すきま内金属素地の溶解
に起因した電流密度の増加と考えられ
る.そして,この電流密度が増加し始め
る時間がすきま内の金属素地が溶解を始
める時間であり,すきま腐食発生時間
(以後,t INCU で表記する) に近似的に等
しいと考えた.
なお,tINCU 以降に観察される電流密度
の増加は,本来,各時間における金属の
溶解電流をすきま内における金属溶解部
分の面積で割ったもので近似すべきであ
るが,本実験では,すきま内の金属素地
溶解部分の面積の時間的変化挙動につい
ては不明なため,tINCU 以降に試験片に流
れる電流については電流密度で表示する
ことはできない.その意味において,す
きま内金属が溶解し始めた t INCU 以降で
観察される電流密度は,試験片の全面積 Fig. 6 Effect of potential on incubation time (tINCU) for crevice corrosion of (a)
で全電流値を単に割った見かけの電流密 SUS430 and (b) SUS444 stainless steels in 460 ppm Cl− solution at 298 K,
度である. 323 K and 353 K (Ar sat., with metal/glass crevice).
本報告は,tINCU に達するまでの電流密
度の時間的挙動について論ずるものであ
るが,金属の活性溶解反応の方が不動態
皮膜形成反応よりも小さくなっている時
間領域でのすきま腐食発生時間に関する
ものであり,この時間領域における tINCU
と電位および温度との関係がどのような
挙動になるのかを検討したものである.

3.3 tINCU の電位依存性


Fig. 6 および Fig. 7 に各種ステンレス
鋼の tINCU におよぼす電位の影響を各温度
別にそれぞれ示す.
いずれのステンレス鋼および温度の場
合においても,卑な電位で電解するほど
tINCU は増大した.本実験事実にしたがい,
温度が一定の場合における t INCU と E と
の関係は(1)または(2)式に示す実験式で
近似できるものと考えられる. Fig. 7 Effect of potential on incubation time (tINCU) for crevice corrosion of (a)
log tINCU =a−b・E (1) SUS304 and (b) SUS316L stainless steels in 460 ppm Cl− solution at 298 K,
323 K and 353 K (Ar sat., with metal/glass crevice).
∴tINCU =10(a−b・E) (2)
ここで,t I N C U はすきま腐食発生時間
(s),a および b はステンレス鋼の種類や温度,Cl− 濃度
などによって変化すると考えられる定数および係数,な
らびに E は電位 (mV vs. SHE) である.Fig. 8 に示すよ
うに i−t 曲線上において,電気量 QINCU は次式で計算され
る.
tINCU
QINCU = Ú i ◊ dt (3)
t0

t0 は i−t 曲線の測定開始時間 (s),i はすきま腐食発生


直前までに,すきま付与試験片に流れた電流密度で電解
時間の関数となる.本実験では,QINCU は tINCU が 30 s 未
満の場合については電流密度のサンプリング間隔を 1 s,
また,tINCU が 30 s 以上の場合については電流密度のサン
プリング間隔を 10 s にそれぞれ設定し,シンプソン法に Fig. 8 The definition of QINCU and iINCU on current density-time
よる代数和近似の定積分法を用いて求めた.なお,電流 curve.
382 材料と環境

Fig. 9 Effect of potential on Q INCU for crevice corrosion of Fig. 10 Effect of potential on iINCU for SUS304 stainless steels in
SUS304 stainless steels in 460 ppm Cl− solution at 298 K, 460 ppm Cl− solution at 298 K, 323 K and 353 K (Ar sat.,
323 K and 353 K (Ar sat., with metal/glass crevice). with metal/glass crevice).

密度のサンプリング間隔の大小によって得られる Q INCU ∼ log Q


log tINCU= INCU−c−(d・E) (6)
の値は若干異なるものの,その差異は十分小さく無視し =a−(b・E) (7)
ても差し支えないことを確認した.さらに,t0 について となり,(7)式は(1)式と一致する.ここで,
も QINCU の場合と同様に,結果的には tINCU の大小によっ a=log QINCU−c (8)
て 10 s ならびに 1 s でおこなっており,QINCU に与える影 b=d (9)
響は非常に小さいことを確認した. である.したがって,tINCU が電位依存性をもつ理由の一
Fig. 9 に一例として,SUS304 鋼の種々の温度における つとしては,iINCU が貴な電位で電解するほど増大するた
QINCU と電位との関係を示した.QINCU は多少ばらつくも めであり,本質的には,Fig. 4 に示したように定電位電
のの,同一温度であれば電位に対してほぼ一定値に落ち 解初期の電流密度が貴な電位ほど高くなることに起因し
つくものと考えられる.すなわち,tINCU が,すきま内の ている.これは,本実験の場合のように,研磨して間も
不動態皮膜を介して起こる金属の溶解から始まり,溶け ないステンレス鋼表面のアノード溶解の特徴の一つと考
出した金属イオンが加水分解反応を起こし,すきま内 えられる.
pH が低下して不動態皮膜の化学的な溶解速度が高まり,
金属素地が活性溶解するまでの時間と考えるならば,脱 3.4 すきま腐食発生諸過程とその温度依存性
不動態化 pH(pHd) が電位によって変化しないものと仮定 今,ステンレス鋼にすきま腐食が発生する反応の諸過
すると,すきま内の不動態皮膜を化学的に溶解させる 程が Fig. 11 の模式図に示すように進行するものと仮定す
H+の根源である金属イオン量 (∝QINCU) は電位に依存し る.すなわち,すきま内の不動態皮膜 (M−OH) を介し
ないものと考えられる8).なお,QINCU の値は温度が高く て金属が電気化学的に溶解し (反応過程①),その際生成
なると小さくなる傾向を示すが,この挙動は後述するよ した金属イオン (M n+) がさらに加水分解反応を起こし
うに温度が上昇すると,(A)溶出した金属イオンの加水 (反応過程②),生じた H+ によって不動態皮膜の化学的
分解反応速度が増加し H+ 濃度が高くなることで,より な溶解が進み (反応過程③),不動態皮膜が消失した部分
少ない金属イオン量 (∝QINCU ) で脱不動態化 pH に達す で金属素地の活性溶解が始まりすきま腐食発生に至ると
るためか,(B)不動態皮膜の化学的な溶解速度が増加す いうすきま腐食発生機構8) を考える.ここで,すきま腐
るためのいずれか一方,または両方と考えられる. 食発生時間 tINCU は,反応過程①および反応過程②から反
一方,数学的な平均電流密度として iINCU を, 応過程③を経て,金属素地のアノード溶解が開始される
QINCU QINCU
iINCU = @ (4)
tINCU - t0 tINCU
で定義すると,Fig. 10 に示すがごとく,
iINCU は温度が高く,貴な電位で電解する
ほど増大している.Fig. 10 の結果から,
温度が一定の条件下における iINCU の電位
依存性は(5)式の実験式で近似されるも
のと考えられる.
log iINCU=
∼ c+d・E (5)
ここで c および d はステンレス鋼の種類
や Cl− 濃度によって変化すると考えられ
る定数および係数である.(4)式の両辺
の常用対数をとり,(5)式の左辺と等し Fig. 11 Schematic depiction of the mechanism for crevice corrosion initiation by
いと置いて log tINCU について解くと, H. Ogawa, et al.8).
Vol. 58, No. 11 383

までに要する時間と考えている. ∼−85.6 kJ・mol−1 の範囲であった.


すきま腐食の発生に至る一連の反応過程で,温度の影 次に,Fig. 13 に E=474 mV における各種ステンレス
響を大きく受ける反応は少なくとも,反応過程①では, 鋼の iINCU におよぼす温度の影響について Arrhenius プロ
不動態皮膜を介しての金属の溶解反応,反応過程②では, ットした結果を示した.いずれのステンレス鋼とも,温
溶出した金属イオンの加水分解反応および反応過程③で 度の逆数が増加するとともに iINCU は低下した.これは,
は,H+と不動態皮膜との化学的な溶解反応の 3 種類の反 前述した反応過程①から③のうち,反応過程②と③は電
応と考えられる.しかし,その具体的な化学種や反応形 子の授受を伴わない反応であることから,反応過程①の
式は必ずしも特定はされておらず,各反応の速度につい 不動態皮膜を介して起こる金属の溶解反応速度が温度の
ての解析には至っていない. 上昇とともに増加することを直接的に示している.Fig.
本報告では電位一定条件下において,種々の温度で実 13 の関係は,(11)式で示す Arrhenius の式の関係であら
験的に得られた tINCU の測定結果に基づき,(3)式および わすことができる.
(4)式を用いて iINCU ならびに QINCU におよぼす温度の影 Ê ∆Ei ˆ
log iINCU =A i - Á ˜ (11)
響について検討し,得られた見かけの活性化エネルギー Ë 2.303 R T ¯
の観点から各反応過程について考察をおこなった. ここで,Ai は電位項を含む iINCU に関する見かけの頻度
Fig. 12 に本実験でのデータ数が最も多く解析しやすい 因子,ΔEi は iINCU に関する見かけの活性化エネルギーで,
E=474 mV の場合における各種ステンレス鋼の tINCU に 具体的には Fig. 15 に示すように,本実験で用いたステン
およぼす温度の影響について Arrhenius プロットした結 レス鋼のΔEi の値はすべて正の値を示し,およそ 29.1∼
果を示す. 59.1 kJ・mol−1 の範囲であり,この値は,還元性強酸中で
Fig. 12 において,いずれのステンレス鋼とも温度の逆 ステンレス鋼の腐食反応が示す見かけの活性化エネルギ
数が増加するとともに tINCU は増加した.これは,前述し ー9), 10) とほぼ同程度の大きさで,研磨直後のステンレス
た反応過程①から③の反応速度のうち反応過程①が必ず 鋼表面の不動態皮膜を介して起こる金属の溶解反応が,
起こり,引き続き起こる反応過程②かまたは反応過程③ 活性溶解反応に近い状態にあるものと考えられるが,そ
のいずれか一方または両方の反応過程の反応速度が温度 の詳細は不明である.数値の大きなステンレス鋼ほど不
の上昇とともに増減した結果と考えられる. 動態皮膜を介して起こる金属の溶解反応速度は小さくな
ここで,Fig. 12 の関係は,(10)式で示す Arrhenius の るものと考えられる.
式の関係を満足しているものと考えられる. さらに,QINCU の温度依存性であるが,Fig. 14 に E=
Ê ∆Et ˆ 474 mV における各種ステンレス鋼の QINCU におよぼす温
log tINCU =A t - Á ˜ (10)
Ë 2.303 R T ¯ 度の影響について Arrhenius プロットした結果を示す.
R はガス定数 (8.326 J・mol−1・K−1),At は電位項を含む いずれのステンレス鋼とも,温度の逆数が増加するとと
tINCU に関する見かけの頻度因子,ΔEt はtINCU に関する見 もに QINCU は増加した.(4)式と(10)式および(11)式より,
かけの活性化エネルギーであるが,反応過程①から③の 以下に示す(12)式および(13)式の各式を得た.
各段階の反応に関与する個々の見かけの活性化エネルギ log QINCU @log iINCU + log tINCU
ーの総和と考えられ,本実験で用いたステンレス鋼のす Ê ∆Et - ∆Ei ˆ
=(A t +A i )- Á ˜ (12)
べてが負の値を示す.具体的なΔEt の値はおよそ−47.6 Ë 2.303 R T ¯

Fig. 12 Arrhenius plot of incubation time (tINCU) for crevice cor- Fig. 13 Arrhenius plot of mean current density (iINCU) for various
rosion of various stainless steels in 460 ppm Cl− solution stainless steels in 460 ppm Cl− solution at E=474 mV vs.
at E=474 mV vs. SHE (Ar sat., with metal/glass crevice). SHE (Ar sat., with metal/glass crevice).
384 材料と環境

Fig. 15 Schematic depiction of Arrhenius plot for tINCU, iINCU, QINCU and ΔEt,
ΔEi, ΔEQ of various stainless steels in 460 ppm Cl− solution at E=
474 mV vs. SHE (Ar sat., with metal/glass crevice).

いる.この結果は,少なくとも反応過程①で溶出した金
属イオンが反応過程②で加水分解反応する際,その速度
Fig. 14 Arrhenius plot of charge density (QINCU) for が温度の上昇とともに増加するために H+濃度が増加し,
crevice corrosion initiation of stainless steels
より少ない金属イオン溶出量 (∝QINCU) で,反応過程③
in 460 ppm Cl− solution at E=474 mV vs. SHE
(Ar sat., with metal/glass crevice). の不動態皮膜が化学的に溶解するためか,もしくは,反
応過程③の不動態皮膜が化学的に溶解し始める pH (=
pHd) が温度の影響をほとんど受けないものとすれば8), 11),
Ê ∆EQ ˆ 不動態皮膜の化学的な溶解速度が温度上昇とともに高く
= A Q - Á ˜ (13)
Ë 2.303 R T ¯ なるためのいずれか一方,または両方と考えられるが本
ここで,AQ およびΔEQ はそれぞれ QINCU に関する見 報告ではそのどちらかを特定することはできなかった.
かけの頻度因子および見かけの活性化エネルギーで,
AQ=At+Ai (14) 4. ま  と  め
ΔEQ=ΔEt+ΔEi (15)
で示される.(15)式より,ΔEQ はすきま腐食発生に至る 表面を研磨した直後のステンレス鋼のすきま腐食発生
すべての反応過程に関わる見かけの活性化エネルギー 時間におよぼす電位と温度の影響を明らかにする目的
(ΔEt) と,前述したように反応過程①の不動態皮膜を介 で,ガラスすきま付きステンレス鋼片を用いて 460 ppm
して生じる金属の溶解反応の見かけの活性化エネルギー Cl−環境中 298∼353 K の温度範囲内で定電位試験を実施
(ΔEi) との和で示される. した.その結果得られたすきま腐食発生時間 tINCU,すき
Fig. 15 に E=474 mV の一定電位条件下における tINCU, ま腐食発生に関わる平均的な電流密度 iINCU およびすきま
iINCU および QINCU におよぼす温度の影響をまとめた結果 腐食発生に至るまでの電気量 QINCU におよぼす電位なら
と,各種ステンレス鋼のΔEt, ΔEi および (15) 式を用い びに温度の影響について考察をおこなった.Fig. 16 に本
て計算をおこなったΔEQ の値を示した. 研究で得られた tINCU, iINCU および QINCU におよぼす電位と
ΔEQ の値はいずれのステンレス鋼とも負の値を示して 温度の影響ならびにこれらのパラメータの相互関係を電

Fig. 16 Schematic depiction of potential(a) and temperature(b) dependence on tINCU, iINCU


and QINCU (Ar sat., with metal/glass crevice).
Vol. 58, No. 11 385

流密度−時間図としてまとめた.本研究の結果を要約す 温度上昇とともに高くなるためのいずれか一方,または
ると以下のようになる. 両方と考えられる.
1) 本環境中における腐食すきま再不動態化電位 5) いずれのステンレス鋼とも,温度の上昇とともに
ER, CREV はステンレス鋼の CI 値の増加とともに貴な電位 tINCU および QINCU は低下するが,iINCU は逆に温度の上昇
方向にシフトし耐すきま腐食性は向上するが,温度が高 とともに増大する.これらのパラメータを Arrhenius プ
いほど卑な電位となり,耐すきま腐食性は劣化する. ロットし,各種ステンレス鋼の tINCU, iINCU および QINCU
2) 定電位電解直後では,不動態皮膜を介して生じる に関する見かけの活性化エネルギーを求め,すきま腐食
金属溶解反応が電位依存性をもつために観察される電流 発生過程の反応の推定をおこなった.
密度は,いずれの試験温度においても電位が貴なほど増
大する.これは,通常の不動態皮膜が安定に存在してい 参 考 文 献
る場合のアノード分極曲線で観察される不動態保持電流 1) T. Adachi, M. Nishikawa and K. Hayashi, Nisshin Tec.
Report, 63, 109 (1990).
密度が電位にほとんど依存しないという挙動とは全く異 2) S. Tsujikawa and K. Hisamatsu, Boshoku-Gijutsu (presently
なる. Zairyo-to-Kankyo), 29, 37 (1980).
3) Japanese Standard Association, JIS G 0592 (2002).
3) いずれのステンレス鋼および温度においても,卑
4) T. Sakaki and K. Inagaki, Tohso Tec.Report, 38, 71 (1994).
な電位で電解するほど tINCU は増大する.tINCU が電位依存 5) R. Matsuhashi, K. Katoh and M. Kaneko, Zairyo-to-Kankyo,
性をもつ理由は,結果的には,iINCU が貴な電位ほど増大 56, 56 (2007).
6) N. Suutara and M. Kurkela, STAINLESS STEELS’84,
するためであり,それは定電位電解直後の電流密度が貴 NACE, 240 (1984).
な電位ほど高くなることに起因している. 7) M. Akashi and S. Tsujikawa, Zairyo-to-kankyo, 45, 106
(1996).
4) Q INCU は同一温度であれば電位に対してほぼ一定 8) H. Ogawa, I. Itoh, M. Nakata, Y. Hosoi and H. Okada,
値となるが,温度が高くなると小さくなる傾向を示す. Tetsu-to-Hagane, 63, 605 (1977).
これは,Q INCU が金属イオン量に対応するものと考える 9) R. Matsuhashi, S. Ito and E. Sato, Zairyo-to-Kankyo, 40, 747
(1991).
と,(A)溶出した金属イオンの加水分解反応速度が温度 10) R. Matsuhashi and H. Kihira, Zairyo-to-Kankyo, 56, 272
の上昇とともに増加し H + 濃度が高くなり,結果的に少 (2007).
11) N. Ryoh, T. Shinohara and S. Tsujikawa, Boshoku-Gijutsu
ない金属イオン量で脱不動態化 pH に達するためか,も (presently Zairyo-to-Kankyo), 37, 679 (1988).
しくは,脱不動態化 pH が温度の影響をほとんど受けな
(Manuscript received March 12, 2009;
いものとすれば,(B)不動態皮膜の化学的な溶解速度が
in final form August 14, 2009)

要 旨

ステンレス鋼のすきま腐食発生時間 tINCU におよぼす電位と温度の影響を明らかにするために,試験直


前に研磨したガラスすきま付き試験片を用いて 460 ppm Cl−環境中 298 K, 323 K および 353 K の温度で定
電位試験を実施した.その結果,いずれの温度においても,卑な電位で電解するほど tINCU は増大し,す
きま腐食発生までに必要な電気量 QINCU は同一温度であれば電位に対してほぼ一定値となるが,温度が高
くなると QINCU は小さくなる傾向を示した.これは,溶出した金属イオンの加水分解反応速度が温度の上
昇にともなって増加し H+濃度が高くなり,結果的に少ない金属イオン量で脱不動態化 pH に達するたか
または,不動態皮膜の化学的溶解速度が増加するためのどちらか一方または両方と考えられる.また,
tINCU が電位依存性をもつ理由としては,すきま腐食発生に至るまでの平均的な金属の溶解電流密度 iINCU
が貴な電位ほど増大することに起因している.いずれのステンレス鋼とも,温度の上昇とともに tINCU お
よび QINCU は低下するが,iINCU は逆に温度の上昇とともに増大した.これらのパラメータを Arrhenius プ
ロットし,各種ステンレス鋼の tINCU, iINCU および QINCU に関する見かけの活性化エネルギーを求め,すき
ま腐食発生過程の反応を推定した.
キーワード ステンレス鋼,すきま腐食,すきま腐食発生時間,電気量,活性化エネルギー,希薄
Cl−濃度環境,温度

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